秋本鉄次
(映画評論家)
「仁義なき戦い 広島死闘篇」
「現代やくざ 人斬り与太」
「宮本武蔵 一乗寺の決斗」
「大日本帝国」
「徳川いれずみ師 責め地獄」
「新幹線大爆破」
「脱獄広島殺人囚」
「博奕打ち いのち札」
「人が人を愛することのどうしようもなさ」
「極道の妻おんなたち」
東映
60
周年。現在
59
歳の私にとって東映は丁度“一歳
上の兄貴”である。頼もしくも強引に私を映画の世界に誘い出し、イイこともヤバいことも教えてくれた“永遠の兄貴”そのものである。中一の正月、初めて独りで、大人の映画を、観に行ったのが「宮本武蔵〜」だった。全身血が騒いだ。以後、暴力・反逆・アウトローの総本山たる三角マークとの本格的な付き合いが始まる。その極北が衆目一致の「仁義なき〜」シリーズで、前段の「人斬り与太」もどうぞお忘れなく。ジャンルは違えど「大日本〜」「新幹線〜」にも東映精神は脈々と! 一方で“エロスの東映”“女の東映”でもあった。「鬼龍院〜」などの代わりに「責め地獄」「人・人」などを入れたのは私の“趣味”である。
そんな“不良性感度”こそ東映の矜持なり。時代は変われど“兄貴”の本質は変わらない、であって欲しい!
稲川方人
(詩人・映画評論家)
「新諸国物語 笛吹童子」
(シリーズ全体、特に『第一部 どくろの旗』)
「若さま侍捕物帖」
(シリーズ全体、特に『紅鶴屋敷』)
「一心太助」
(シリーズ全体、特に『天下の一大事』)
「大菩薩峠」
(内田吐夢監督の三部作、特に『完結篇』)
「丹下左膳」
(大友柳太朗のシリーズ、特に『怒濤篇』)
「忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻」
「宮本武蔵 一乗寺の決斗」
「恐喝」
「大喧嘩」
「日本俠客伝」
千恵蔵、右太衛門、錦之助、橋蔵、柳太朗らによって「東映映画」の同一性が確固とする一九五〇年代中期に、まさに東映チャンバラ映画を見るために田舎の映画館に日参した者ですので、日々熱中していた映画群の中から十本を選ぶのは余りにも無茶な話ですから、ここでは、錦之助の登場から任俠映画の始まる直前までに限定します。五〇年代中期から六〇年代初期にいたるその十年にも満たない時間は、日本映画が大いに咲き乱れた時期に当たりますが、そうした時代がとうに終わっている現在からみれば反時代的となる、ここに挙げた映画の中に揺るぎなく咲いているスターたちの華をご覧ください。その反時代性こそは今の日本映画に欠けているものだということを痛々しく知るでしょう。また、この時代の東映チャンバラ映画はシリーズ連作こそが本領なので出来るなら全体でご覧いただきたい。
宇崎竜童
(音楽家)
「仁義なき戦い 広島死闘篇」
「日本俠客伝」シリーズ
「昭和残俠伝」シリーズ
「網走番外地」
(「新網走番外地」含む)シリーズ
10本だけ選ぶのは、とても無理でした。
なので失礼ですが、一括りに3シリーズ全作品を「私の名作」とさせて頂きたいのです。
1964〜5年あたりからシリーズがスタートした3作品は、19歳からシリーズが終わる72年の26歳まで、全て渋谷東映で観ている。
東映映画は小学生の頃から渋谷で観ると決まっていた。
社会に出てからは全てオールナイト興行で観た。
末広(「新網走番外地」)や花田(「昭和残俠伝」)に熱狂しながら、大概は立見で時折シートや階段に坐り、ロビーで買ったアンパンを喰いながら、泣いて笑って「健さ〜ん!」と叫び肩で風切って始発電車に乗った。
今でも東映チャンネルで再見していると、あの頃が甦る。
榎戸耕史
(映画監督)
「殺陣師段平」
「ひばり・チエミの弥次喜多道中」
「関の彌太ッペ」
「十三人の刺客」( 63)
「忍者狩り」
「飢餓海峡」
「網走番外地 望郷篇」
「緋牡丹博徒 お竜参上」
「仁義なき戦い 広島死闘篇」
「新幹線大爆破」
一監督一作品という縛りで選んだ映画は、ほとんどが60年代から70年代の映画になってしまった。自分が熱狂した映画が、その時代の映画だったのかとも思ったが、冷静に考えても、これらは東映映画の傑作であることに異論はないだろう。自作も含め80年代以降の映画を選べなかったが、マキノ雅弘だけでも数本は選べそうでやはり難儀した。「トラック野郎」や「警視庁物語」の秀作、子ども心にも映画に憧れた「新諸国物語 紅孔雀」も入れたかったが漏れてしまった。内田吐夢の「宮本武蔵 一乗寺の決斗」、加藤泰では「真田風雲録」、山下耕作も「明治俠客伝三代目襲名」とで迷ったが、俳優の顔も考慮するとこういう選択になった。中島貞夫「893愚連隊」や伊藤俊也「女囚701号 さそり」、野田幸男「0課の女 赤い手ワ ッパ錠」などの傑作があることもぜひ特筆しておきたい。
柏原寛司
(脚本家・監督)
「人生劇場 飛車角と吉良常」
「昭和残俠伝 血染の唐獅子」
「緋牡丹博徒 花札勝負」
「新網走番外地」
「仁義なき戦い」
「仁義なき戦い 代理戦争」
「県警対組織暴力」
「鉄砲玉の美学」
「暴走パニック 大激突」
「仁義の墓場」
自分の東映映画10本を考えてみると、60年代から70年代にかけてのものになる。20代前半は東映の任俠路線にハマっており、近所の連中としょっちゅうオールナイトを観に行っていた。自分は健さん派だったので、唐獅子牡丹シリーズのクライマックスで池部さんとの道行に流れる主題歌をオールナイトの満員の客と一緒に合唱していた。
緋牡丹博徒シリーズも好きで、鈴木則文さんの脚本が見事
な「花札勝負」がお気に入りである。
20代の中盤になってくると「仁義なき戦い」が登場し、当時通っていた大学ではみんな広島弁を使っていた。「仁義なき戦い」を全作入れてしまうと他の作品が選べないので2本にしたが、とにかく、この頃の東映のアクション映画は面白かった。
人材育成の意味でも、東映はプログラムピクチャーを復
活してほしいモンだ。
片岡一郎
(活動写真弁士)
「のど自慢狂時代」
「血槍富士」
「てなもんや三度笠」
「飢餓海峡」
「魔界転生」( 81)
「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争」
「電撃戦隊チェンジマン」
「温泉スッポン芸者」
「新幹線大爆破」
「吉原炎上」
人生の半分が大泉暮らしの私にとって、東映はなんとも言えない親しみを感じる映画会社である。東映初期の作品群を眺めるとサイレント期からのスター達との入れ替わりの時期に見事なタイミングで新しい血を注ぎ込み、活性化に成功した流れが浮かび上がって歴史的に興味深い。
また七十年代生まれの身には東映まんがまつりの系譜を抜きに東映は語れない。アニメや特撮ヒーローを見に行った経験から、映画館の暗がりに身を浸す悦びを知った方は少なくないだろう。
今回はオールタイム10との事なので、出来るだけ幅広い年代から、印象に残る1シーンを持っている作品を規準に
選んでみた。映画史上ではおおよそ顧みられない作品が含
まれるが、むしろそういった作品で育った我々の時代を忘
れてはならないと思い、あえて取り上げた次第。
川本三郎
(評論家)
「新諸国物語 笛吹童子」
「新諸国物語 紅孔雀」
「血槍富士」
「終電車の死美人」
「裸の太陽」
「故郷は緑なりき」
「十三人の刺客」( 63)
「宮本武蔵 一乗寺の決斗」
「飢餓海峡」
「網走番外地」
世代的に「笛吹童子」と「紅孔雀」ははずせない。これによってチャンバラの、いや映画そのものの魅力に取りつかれた。中村錦之助と東千代之介はそれまでのスターが「おじさん」だったのに対し、若い「お兄さん」として親しみを覚えた。高千穂ひづるも好きになった。
「血槍富士」は、その「おじさん」片岡千恵蔵が剣術の心得などないのに主君のために死闘を演じた。型を突きやぶった。こういうチャンバラもあるのかと驚愕した。それは「十三人の刺客」「宮本武蔵」につながってゆく。
「裸の太陽」と「故郷は緑なりき」は鉄道映画として忘れ難い。東映には鉄道ものが多かったように思う。下北半島の森林鉄道が出てくる「飢餓海峡」、雪原を走る根室本線が出てくる「網走番外地」も鉄道の魅力抜きに語れない。
北川れい子
(映画評論家)
「家光と彦左と一心太助」
「十三人の刺客」( 63)
「仇討」
「飢餓海峡」
「沓掛時次郎 遊俠一匹」
「緋牡丹博徒」
「博奕打ち 総長賭博」
「日本暗殺秘録」
「仁義なき戦い」
「番格ロック」
かつて誰かが、「東映の劇場(こや)には、突っかけで行けるからいい」といっていた。物理的な距離をいったのかもしれないが、それ以上に東映の映画に対する仲間内的な気安さが感じられ、なるほど、と納得したものだった。
遥か以前のことである。それにしてもわが「東映ベスト10」、60年代から70年代前半の作品だけになってしまい、いささか偏向気味。実は60年代の作品のほとんどは、公開時ではなく、70年代、80年代にせっせと通った名画座やオールナイト上映で観たのだったが、どの作品も東映の基本的作風とでもいうか、大衆娯楽としての義理、人情、喜怒哀楽が巧みに編み込まれていて、それが悲劇で終っても、何がしかの達成感があるのがいい。一監督一作品にしたので、沢島忠の「ひばり・チエミの弥次喜多道中」(62)や、加藤泰の「緋牡丹博徒 お竜参上」(70)が落ちて残念。
佐藤忠男
(日本映画大学学長)
「飢餓海峡」
「宮本武蔵 一乗寺の決斗」
「仁義なき戦い」
「博奕打ち 総長賭博」
「緋牡丹博徒 花札勝負」
「ひめゆりの塔」( 53)
「ひばり捕物帖 かんざし小判」
「野口英世の少年時代」
(東映教育映像部作品、56)
「人生劇場 第一部/第二部 残俠風雲篇」
「鉄ぽ っぽや道員」
「野口英世の少年時代」は昔イギリスの有名な映画研究
誌『サイト・アンド・サウンド』の表紙に載っていたことがある。「日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声」の関川秀雄監督の作品である。しかし教育映像部作品で映画館では上映されていなかったから長い間見られなかった。
近年これがCSで放映されてやっと見たのである。
「人生劇場 第一部/第二部 残俠風雲篇」は私が好きだった佐分利信監督作品で、再見したいと思っていたが、ついに今日まで、テレビ放映も名画座上映もなかったようである。そもそもフィルムは大切に保存されているのだろうか。心配なのでここに記して注意をうながしたいと思う。
作品として傑出しているのは内田吐夢の「飢餓海峡」だが、最初公開された短縮版ではなく、のちに公開された完全版でなければならない。
篠崎誠
(映画監督)
「真田風雲録」
「車夫遊俠伝 喧嘩辰」
「骨までしゃぶる」
「沓掛時次郎 遊俠一匹」
「怪談 お岩の亡霊」
「妖刀物語 花の吉原百人斬り」
「酒と女と槍」
「反逆児」
「日本俠客伝」
「昭和残俠伝 死んで貰います」
公開当時ではありませんが、すべて映画館の大きなスクリーンで見ました。「映画は同時代に見てこそ」とお考えの方もいらっしゃるでしょうが、時代と共に生まれ、時代をこえるのが映画だと信じています。
「しかし、人の心ってヤツは手前でどうこうできるもんじゃねえ。勝手に動き出しやがる」とは、加藤泰監督版の沓掛時次郎の名台詞ですが、どうしようもなく心揺さぶられる映画を10本選びました。昨今「泣ける」ことを売りにした映画が多いですが、これぞ正真正銘泣ける映画です。といっても、いかにも可哀そうな境遇の人々が出てきて、憐みの涙を誘うわけではではありません。物語に泣く、というよりも、映画そのものの力にグイッと両肩を鷲掴みされて、揺さぶられ、気が付いたら、両頬に涙が伝わっている。俳優たちの全身全霊の芝居が、それを必死に捉えようとするスタッフたちの技術に支えられ、監督のまなざしとシンクロする。「真田風雲録」は今世紀になって作られたどの映画よりも新しく、見る度に勇気をもらいます。「一緒に列組まねえか!」の掛け声一つで命を懸ける真田十勇士の面々は、まるで一期一会で現場に集まる映画スタッフのように思えてなりません。「〜死んで貰います」の池部良の台詞「血だな…」は、映画としてどうこう以前に、商売屋の出来損ないの倅としては、涙なしに聞けません。
高崎俊夫
(編集者)
「港祭りに来た男」
「妖刀物語 花の吉原百人斬り」
「関の彌太ッペ」
「沓掛時次郎 遊俠一匹」
「十三人の刺客」( 63)
「乾杯!ごきげん野郎」
「ならず者」
「仁義の墓場」
「現代やくざ 血桜三兄弟」
「0課の女 赤い手ワ ッパ錠」
マキノ、内田、加藤だけでそれぞれ名作を優に十本は選べるのだが、敢えてひとり一本に限定することにした。あらためて中村錦之助という俳優の偉大さに思いを
馳せることになる。一九六〇年代に関しては、やはり時代劇が中心で、正統派任俠映画が入っていないのは、私が同時代で出会っていないからかもしれない。「乾杯!〜」は子供の時に封切りで見て、そのモダンなセンスが長く記憶に残っているゆえ。石井輝男は、近年、あまりにスノッブに、過剰にカルト化されてしまったが、「ならず者」のようなオーソドックスな作劇こそ再評価されるべきだろう。七〇年代の三作はすべて公開時に見ていて、独特の暗さと明るさの混淆(こんこう)が魅力でもあった。なかでも「血桜三兄弟」はヤクザ映画のふりをした反ヤクザ映画で、こういう過激な実験ができたのは時代のせいだろうか。DVD化を切望する。
髙間賢治
(日本映画撮影監督協会会員)
「網走番外地」
「関の彌太ッペ」
「沓掛時次郎 遊俠一匹」
「昭和残俠伝 死んで貰います」
「緋牡丹博徒 お竜参上」
「緋牡丹博徒 お命戴きます」
「県警対組織暴力」
「女囚701号 さそり」
「セックスドキュメント
モーテルの女王」
「ときめきメモリアル」
最初の「網走番外地」はモノクロのシネマスコープで、荒涼たる雪の北海道が最果てを強烈に印象付けた。
「関の彌太ッペ」と「遊俠一匹」は任俠物代表作だが特に後者は完璧な最高傑作であるとともに加藤泰の最高傑作と言いたい。錦之助が旅籠の女将に心情を語る場面は前衛的なカメラと演劇的な照明で圧倒する。「昭和残俠伝」「緋牡丹博徒」シリーズも監督が加藤泰であるかないかによって僕の評価は全く違ってしまう。「県警対組織暴力」は夕張のワークショップに深作欣二監督が持ってきて見せてくれたのが想い出だ。「女囚さそり」はモダンさが不思議だった。「モーテルの女王」のセカンド撮影助手をやり、目黒エンペラー・ロケで三脚を忘れ、撮影所に取りに帰って怒られた。「ときめきメモリアル」はもちろん僕の撮影作品だから。
ここから矢田亜希子や吹石一恵らが誕生した。
立川志らく
(落語家)
「次郎長三国志」
「飢餓海峡」
「いれずみ判官」
「仁義なき戦い」
「十三人の刺客」( 63)
「多羅尾伴内」
「赤穂浪士 天の巻・地の巻」( 56)
「一心太助 天下の一大事」
「新幹線大爆破」
「ひめゆりの塔」( 53)
一番好きな東映作品の役者は月形龍之介。だから忠臣蔵
では吉良に肩入れしてしまう。「次郎長三国志」は普通、
小堀明男となるのだが私は鶴田浩二の方が好き。粋なのだ。遠山の金さんは断然千恵蔵。テレビシリーズの金さんは物足りなさすぎる。千恵蔵の「多羅尾伴内」はもはや喜劇。「十三人の刺客」はオリジナル版。一番面白い時代劇。ヤクザ物はやはり「仁義なき戦い」。スター役者がヤクザごっこを楽しんでいる。現代物は「飢餓海峡」。左幸子の恋人の爪を握りながら悶える場面の凄さ。「一心太助」は中村錦之助の太助の江戸っ子の粋さと月形龍之介演ずる大久保彦左衛門の重厚さのバランスが絶妙。錦之助といえば一心太助! 「新幹線大爆破」はCGなんぞ使わなくても想像力だけで十分パニック映画は成立すると思わせてくれる作品。ぐっと古いところで「ひめゆりの塔」。ヒロインの津島恵子の汚れなき美しさ。野暮な話しがこの美しさで小粋になる。
轟夕起夫
(映画評論家)
「0課の女 赤い手ワ ッパ錠」
「女渡世人 おたの申します」
「博徒対テキ屋」
「骨までしゃぶる」
「東京ギャング対香港ギャング」
「女囚さそり けもの部屋」
「実録 私設銀座警察」
「喜劇 特出しヒモ天国」
「ポルノの女王 にっぽんSEX旅行」
「番格ロック」
むろん、格調高き東映映画も無数に存在する。が、それらは黙っていても語り継がれていくものだ。なので今回は基本、東映映画のアナザーサイド、エクストリームなバイオレンス描写に挑み、エロやグロ、ナンセンスを盛り込み、とにもかくにもアナーキーかつバッドテイストな面白さに満ちた作品を選んでみた。「0課の女 赤い手ワ ッパ錠」で極限までそのボディ&ソウルを映画に捧げた杉本美樹を筆頭に、藤純子、桜町弘子、梶芽衣子、芹明香、池玲子、山内えみこ……過酷な現場に耐え、古今東西、世界の映画史的にも類を見ない“東映オルタナティブ”を体現した素晴らしきアクトレスたちに栄光あれ! 名著「トラック野郎風雲録」でお馴染みの鈴木則文監督が現在、筑摩書房のPR誌、月刊「ちくま」で“東映ゲリラ戦記”を連載されている。“東映オルタナ”ルネサンスは、これからなのだ。
野村正昭
(映画評論家)
「真田風雲録」
「股旅 三人やくざ」
「昭和残俠伝 血染の唐獅子」
「人生劇場 飛車角と吉良常」
「博奕打ち 流れ者」
「博徒外人部隊」
「日本暴力団 殺しの盃」
「脱獄広島殺人囚」
「新幹線大爆破」
「最も危険な遊戯」
一応一監督一作品という枠を勝手に拵こしらえて、製作年度順に挙げてみましたが、こういうことをすると、石井輝男、工藤栄一、鈴木則文、野田幸男、内藤誠監督作品がこぼれ落ちてしまう。何てこった! それでなくても、マキノ、加藤、山下、深作、佐藤、中島作品など他にも挙げたいものが山のようにあるというのに……。「極道」や「緋牡丹博徒」や「不良番長」「温泉芸者」シリーズなども当然入れることができず、あろうことか、80年代以降の作品も全て外さざるをえないという、何とも恥ずかしい10本になってしまいました。わが東映映画史は事実上、80年代から停止しているのかもしれません。しかもこの10本のうち、6本はまだDVD化されていないというのが残念。まだまだDVD化してほしい傑作はそれ以外にも沢山ありますので、これまで以上のペースで出し続けて下さいませ。
樋口尚文
(映画評論家)
「飢餓海峡」
「仁義なき戦い 代理戦争」
「関の彌太ッぺ」
「新幹線大爆破」
「宮本武蔵 一乗寺の決斗」
「県警対組織暴力」
「女囚さそり けもの部屋」
「白扇 みだれ黒髪」
「やさぐれ姐御伝 総括リンチ」
「トラック野郎 度胸一番星」
一位は永遠不動の感あり。内田吐夢は「浪花の恋の物語」「人生劇場 飛車角と吉良常」も大好き。二位はシリーズ第一作めと、三位は「博奕打ち 総長賭博」と、四位は海外版「スーパーエクスプレス109」と、五位は「妖刀物語 花の吉原百人斬り」、六位は「仁義の墓場」と、七位は「銀蝶流れ者 牝猫博奕」と、八位は「怪猫トルコ風呂」と、九位は「徳川いれずみ師 責め地獄」と、十位は「エロ将軍と二十一人の愛妾」と入れ換え可能である。東映といえばバイオレンスとセックスの牙城のような印象だが、オールスター時代劇の「赤穂浪士」のような絢爛たる大作から「太陽の王子 ホルスの大冒険」「空飛ぶゆうれい船」のような宝物のごとき動画作品、「最も危険な遊戯」「天使の欲望」のような低予算だがキレのいい中小作品まで、とにかく観る欲望を刺激してやまない傑作、快作、問題作の宝庫である。